正 賞 『泣き虫』 たけうちさな著
準 賞 『日々雑念』 佐道 正著 、 準 賞 『獣の時間』 一家 汀著
総評 選考委員:新家完司
第19回川柳文学賞選考委員会は、本年5月8日、東京の台東区民会館にて開催致しました。選考委員は昨年に続き、委員長の雫石隆子、委員の佐藤美文、梅崎流青、文芸評論家の荒川佳洋、そして新家完司の5名です。先に各々が事務局に提出した選考結果を基に真摯に討論致しました。
今回の応募数は力作18篇。全日本川柳協会が主催する文学賞に相応しく、全国各地からの応募を頂きました。
選考結果は、選考委員4名から高い評価を受けた大阪府のたけうちさなさんの『泣き虫』が文学賞正賞に決定致しました。続いて準賞の選考は、東京都の佐道正さんの『日々雑念』と北海道の一家汀さんの『獣の時間』の2作品に対する推薦が相半ばし、熱心な議論の結果、異例ではありますが、「両作品共に準賞」と決定致しました。
受賞作品に対する選考委員からの詳しい推薦文は、本大会の作品集に掲載されますが、此処ではその要旨をご紹介致します。
受賞作品『泣き虫』は、企みや衒いがなく、素朴でありながら決して手垢に塗れず、素直な感性から生まれた作品群は日常生活をしなやかに描き出しています。そして、作者の年齢から、今後益々の活躍を期待しています。
準賞の『日々雑念』は、日常の語り口に偏りがなく、解りやすい表現でありなが、川柳の基本である「穿ち」「軽み」「おかしみ」の良さを改めて認識させられました。
同じく準賞の『獣の時間』は、作家自身にとって「川柳が道しるべであり希望である」と述べている通り、歩んできた道の困難さを含めて文芸として昇華させています。 選考委員は、それぞれ3作品を1位から3位まで推薦できますが、二名の委員から推薦を得た奈良県の長尾三幸さんの『おやつの時間』は惜しくも入賞を逸しました。
正賞 「泣き虫」たけうちさな(大阪)
評(一位推薦) 荒川 佳洋
何度も読み返しているうちに、これしかないと思いはじめた。素朴である。企みがない。衒いがない。しかし手垢にまみれていない。すくすく育った人が発散する才気としなやかさがある。「行き先がある日の箸の軽やかさ」「不幸にはなれそうにない朝ごはん」「始発駅正しいこととしたいこと」素直な表現なのにストンと胸に来る。「臨月のお腹へ広い広い傘」「いま生まれおわったひとはよくひかる」妊娠、胎動、出産の哀歓も川柳界ではあまり題材とされないのではないか。視野も狭そうでいて「くれぐれもまじめに生きるなよ息子」「ぽやぽやのほっぺごわごわしたニュース」と社会批評もみせている。
評(二位推薦) 雫石 隆子
昨年の「帰一」以来、新葉館から出される大賞の句集を評価している。私は懐かしく過ぎた日々を思い出した。偶々、東北文学賞第一回の受賞作品は「泣き虫」だった。彼も柳歴数年で、選考委員も名前の知らない新人だったが、素晴らしい感性であり重なる。
生活感が漂い「独り立ちしても音痴な春である」「人間を生み人間にまだ迷う」素直で真面目て背伸びしない人生、これからを楽しみにしたい。
評(二位推薦) 梅崎 流青
劇的なドラマはないけれど日々の暮らしの中で味わった感情を句にしたという。日々の暮らしの中から川柳が生まれる。多くの川柳人がそうだろう。「昨日を温め直し朝にする」「不幸にはなれそうにない朝ごはん」これまで文章を書くことを生業としてきたという。散文と韻文。自分の想いを表現するという共通点がある。その帰結として、日常の生活を等身大の言葉で表現した。「わたしのことを知らない街に救われる」のびのびと暮らすということは、誰もいない原っぱで大の字に寝て空を仰ぐことに似ている。後ろ指など存在しない街の何と歩きやすいことよ。「道なりに行けば出会えなかった人」曲折があって小さなドラマは生まれる。
「貝殻を拾う指切りするように」いつか二人で拾うはずだった貝殻。今は独りの砂浜で遠い海鳴りを聞きながら、改めて誓うこと一つ。貝殻に残した引き潮の海をこぼして。
評(三位推薦) 新家 完司
全章を通じて、現代川柳のメインテーマのひとつ「今の自分の姿、今の自分の想い」を衒いなく展開していて心強く感じた。「泣き虫のままで脱皮を繰り返す」「握力の強さはあきらめの悪さ」「ちょっと離れておおらかにおおらかに」など、冷静な自省に共感する。また「真っ青は味気ないさと霧が出る」や「ふりだしのようなゴールの様な凪」など、大自然と向き合って生まれた想いにも納得できるのは、観察力が秀でている証である。さ」
準賞 「日々雑念」佐道 正(大阪)
評(一位推薦) 雫石 隆子
澄ましてもいないが下卑てもいない。ごく解りやすく偏りがなく安心して皆に進めたい句集である。気張っても人生はどうにもならない。平均的な日本のお父さんと思う。「清貧は尊敬するが遠慮する」「愛の字は恋の字よりも難しい」「ポケットに君の手がある冬の駅」こけおどしもなく意表を突くこともない。この凡々たる生き方が乱世とも思える時代の非凡な句集といえよう。心地良き読後感である。
評(一位推薦) 新家 完司
初心者にも無理なく読み通せる解りやすい表現を評価。現代川柳が忘れがちな川柳の三要素「穿ち」「軽み」「おかしみ」を改めて認識させられる。いずれの章にも佳作が並んでいるが、「雑念その5」の「ぶつぶつと言っているのはみな本音」「嫌々もしぶしぶもある多数決」など的確な洞察力に脱帽。また「人生に迷ったときはまず眠る」「清貧は尊敬するが遠慮する」など、軽いユーモアを含めながら真実を突いていて納得させられる。
準賞 「獣の時間」一家 汀(北海道)
評(一位推薦) 梅崎 流青
「雪を聞く貴方の吐息聞くように」降り積む雪にはかすかな音しかない。それは雪の音を雪が消すから。もしかしたら貴方の吐息も、私の吐息でか細くなっていく愛の交換かも。川柳は自身にとって道しるべであり希望と祈りであるという。いくつもある短詩文芸の中で川柳という文芸を選んだ理由をこれ程明確に言える川柳人は少ない。どこかの大会で、誰かの高名な選者に入選した作品を羅列する句集とは川柳に対する視座が違う。「前を向く獣の時間過ぎたなら」「獣の時間」とは手づかみで食う飯のことか、それとも「まぐわいたし白きつつじの香の中で」の肉欲か。これらを満たせばきっと息を整え恥じらいの顔を上げて歩むことができるだろう。「いつか凪ぐ今は荒ぶる海である」荒れた海の向こうにはきっと降り注ぐ日の光が待っている。日々是好日とは、雨の日も風の日も日だまりに遊ぶ日も、自身にとってかけがえのない日だということ。「傷ひらくように一行詩を綴る」来た道の醜い部分を含めて私自身。人間はこうでありたい、というより腐敗臭もまた私。こうして影をさらして「一人通夜愛しきものの骨を食む」何を偲べばいいのか。去来すること数多。「骨を食む」ことで故人と決別できたのか。
評(二位推薦) 荒川 佳洋
第一位推薦の作品と比較すると、遥かに技巧的でうまい。
表現域は「家」「母」「父」と個人的でそれぞれ屈折があり、しかし、第三者にはやや訴求力に欠けるのではないか。あるいはもともと理解されることを拒否しているのかもしれない。「半身をもがれて死ねぬ尿意あり」は凄味がある一句だが、これに匹敵する句はあるか。「母の鏡にわたくしが映らない」「あいにいきます わたしころしたおかあさん」と、あくまで個に執着して詠う姿勢は支持するが、それとともに強い自己肯定も感じられて戸惑う。それにちょっとこの形の現代川柳は食傷気味ともいえる。
評(三位推薦) 雫石 隆子
文学を愛し川柳を愛する、とは恩師の宣言であり私の信条としてきた。汀さんの作品に深淵を嗅ぐが、苦悩は広がるばかり。「あいにいきます わたしころしたおかあさん」「母の鏡にわたくしが映らない」「お母さんやっと貴女を憎めます」「ねじり花わたしの生も美しい」ぐさぐさと胸の突かれるような作品が並ぶ。そっとしておきたいような一冊である。
主な掲載作品『泣き虫』たけうちさな
- 泣き虫のままで脱皮を繰り返す
- 水玉のように優しく泣けなくて
- 他人にはいいねをぽんと押せるのに
- 独り立ちしても音痴な春である
- 決意して海へこたれて海にいる
- 何もないねって毎日島を見た
- 海の子の恐れるもののある強さ
- 右肺をすこし手放す父と春
- ピオーネが組織ぐるみで艶をだす
- とりあえずホットプレート出す家訓
- あと何度できるじゃろうな口答え
- 継ぎ足して先祖代々大まじめ
- 卵焼き孫でいさせてくれる人
- あきらめてしまうかしかし海は青
- 教科書は薄くて夢はふくよかで
- 三月の明朝体のやわらかさ
- 家を出るママカリはまだ捌けない
- 自転車を押して帰り道をのばす
- 平成が終わる 家族になってみる
- ゆとり世代ですと先手を打つ四月
- 小包で母の畑がでんと来る
- 天日干しアップデートはふっくらと
- 駄々をこねあって夫婦の音がする
- 来世など嗤うあなたと来世でも
- ほら花火きみの生まれてくる街に
- とつきとおかあれば木漏れ日にもなれる
- 胎動よ助走にしては強すぎる
- 産声の最前席で泣くふたり
- 人間を産み人間にまだ迷う
- 自分より泣き虫な子の母になる

A5判変形・114頁
新葉館出版
主な掲載作品『日々雑念』佐道 正
- いい朝だ体がどこも痛まない
- 百薬の長に健保は使えない
- 呆けたわと言うから母は呆けてない
- 魔法だと言うほどでない魔法瓶
- オフサイド相撲で言えば勇み足
- 焼き芋を二つに割ると匂う冬
- ただ海を見に来ただけの汽車の旅
- 四人から三人二人ひとり鍋
- 清貧は尊敬するが遠慮する
- 温暖化トンネル出ても雪がない
- 読み終えて僕の時間が停止する
- 万歳を肘でしている五十肩
- もう一人の私夜汽車の窓にいる
- 貸金庫葱を入れても構わない
- 人を抱くのに丁度いい手の長さ
- 間際には多分詠めない辞世の句
- 愛の字は恋の字よりも難しい
- 割り勘なのに一人だけもてている
- 大根も味が滲みるといい役者
- 柔道は礼をした後掴み合い
- 座れますと貼り紙がある立飲み屋
- 新米と呼ばれたこともある古米
- 闘牛に多分向かない神戸牛
- トランプもくさやも好きな人は好き
- 京アニの放火犯でも治す医者
- 中身より名文だった本の帯
- 千切りにされてキャベツの晴れ舞台
- ポケットに君の手がある冬の駅
- 三人で四人分飲む友の通夜 ・鳴かぬのに蚊が鳴くように言われる蚊

四六判ソフトカバー・266頁
新葉館出版
主な掲載作品『獣の時間』一家 汀
- ゆっくりと曲がる ゆっくり自己嫌悪
- 月巡るたびに小さく死んでいる
- 笑い声みんな何かを耐えながら
- 広い広い空を切り裂くとき無敵
- 普通って何だろ真昼間のパジャマ
- あいにいきます わたしころしたおかあさん
- 雪降って降って無実にされてゆく
- 名も知らぬ男が分水嶺にいる
- 求ム:隙間 用途:寂シイ時眠ル
- 母の鏡にわたくしが映らない
- 異議ありて神と綱引きしています
- 半身をもがれて死ねぬ尿意あり
- 人避けの鈴を売ってる店がない
- 静かだな風の速度になった時
- 憎しみの部屋に他人は入れない
- 惹かれ合う 傷の位置さえ似てる人
- 傷ひとつつけて私のものとする
- 耳たぶの硬さワタシの不確かさ
- ひかりごけ みんな光っているのだろう
- 螺旋階段もいちど笑う日のための
- お母さんやっと貴女を憎めます
- この手足こころ私のものである
- 少しだけ死が怖い日のハッカ飴
- 風船は空へあなたがいる空へ
- ビターチョコ 君の優しい無関心
- 僕が僕 君が君である淋しさ
- 断ってほしい寂しい「会いたいよ」
- 雪を聞く 貴方の吐息聞くように
- ねじり花わたしの生も美しい
- 私をまっすぐにする愛がある

四六判変形・152頁
湊の人