正 賞 『分母は海』西恵美子著
準 賞 『ひと文字綴り』萩原奈津子著
第15回川柳文学賞は令和3年に発行された句集のうち、申請のあった13冊を選考委員(雫石隆子・佐藤美文・新家完司・梅崎流青・荒川佳洋)の5名が選考しました。
5月10日15時より上野精養軒において最終選考会を開催し、選考委員5名が一堂に会し、意見交換ののち決定いたしました。
残念ながら、今年も前回と同様に、新型コロナ感染拡大防止に考慮し、授賞式は行わなかった。
総評 選考委員:梅崎流青
正賞 「分母は海」西恵美子(宮城)
評(一位推薦) 雫石 隆子
13冊の句集をつらつらと読む。コロナ禍も3年目になるが、川柳界はリアル句会や大会運営が難しい状態で低迷を余儀なくされている。句集発行も例年を下回っているように思う。その中で「分母は海」は秀逸である。連作10句を揚げ第1章、第2章と水っぽい作品たちである。どの部分を取り上げても作者像が浮き上がる。
第1章「霧を置く」の二物衝撃法などテクニックを駆使したり、痛みさえ美しくしてしまう。これでもか、と言うほどのアクシデントに高まる感性は深奥の豊かさだろう。
第2章「星になった君へ」の50句ほどは、キッチンに立つ母の顔を覗かせる。メモ紙に走り書きした愛息への思いを、これでもかとばかり述べている。
横書きのタイトル、表紙のデザインも作者の思いを窺わせる。
評(一位推薦) 佐藤 美文
すでに第10回東北川柳文学大賞を受賞している作品集であるけれど、見逃し出来ない作品集である。どの作品も頷ける作品ばかりである。1句揚げるとすれば
「切り捨てた数が仄かな香りする」を揚げたい。
準賞 「ひと文字綴り」萩原奈津子(福岡)
評(二位推薦) 新家 完司
現代川柳の大きなテーマの一つである「今の自分の姿、今の自分の想いを詠う」ことの魅力に溢れた作品群であった。特に「三月の水の匂いにふと気付く」や、「何もないひと日空っぽの屑籠」「疑わず今日も卵のある暮らし」など、難しい比喩を使わずに想いを述べて、作者の日常が明確に浮かび上がってくるのは並々ならぬ力量である。
評(二位推薦) 梅崎 流青
初めに言葉ありきという川柳人は多い。一方でこれまで歩いて来た道を振り返り、落としてきた言葉を丹念に拾い集めて自身の言葉で表す川柳人も珍しくはない。句集「ひと文字綴り」は後者の部類に入るだろう。(ささくれた指は寒さの底を知る)(品格を残せと鯛の骨が言う)(両の手で持たねば遠くなる手紙)(君といて何故かひしひしひし孤独)などにふと見逃したこれまでもよくよく目を洗ってみれば一つの人生哲学ともいえるものが。(闘いを終えて軛に戻る牛)牛は紛れもなく自分自身。(コスモスの向こうに誰か居て欲しい)どんな強がりを言っても独りの刑は厳しい。(月だったか太陽だったのかおんな)平塚らいてうのことばを持ち出すまでもない。作品の一つひとつが自身の手や足として作者と一体化、説得力を持たせる句集だといえよう。
主な掲載作品『分母は海』
- 走り梅雨ひとりっきりの小舟曳く
- カランと氷 追憶はいつも雨
- 泣いてない少し散っているだけです
- 会者定離フトンはいつも柔らかい
- 引き潮が劇場になる一ページ
- 一通の文が鎖骨を出ていかぬ
- 何もかも折り目どおりにして未明
- 衰えてきて美しくなってます
- 息を吐く潮ですか沼ですか
- 羅紗紙の中に私の霧を置く
- 君が生れて少し大人になりました
- どの星になったのですか私の子
- 子がひとりいなくなっても紅を引き
- 何でもないお腹の中に帰ったわ
- フライパン落ちた涙は内緒だよ
- 何人を忘れただろう稲荷ずし
- 遠雷や水蜜桃は食べ頃に
- 豆を煮る夕映えいちまいを入れて
- 金平糖になり損なった薄明り
- 流灯や赤い鬼灯青いほおずき
- 気まぐれな湾です手の平で群れる
- 紅しょうが母には母の木下闇
- かなしびを知る一冊の花譜がある
- 単線の果てたるところ月桃の白
- 息継ぎをしながら後書きについた
- 君をなくしてもっと大人になりました
- お母さんと呼ばれたようで立ち止まる
- 仏様なんて呼べない 子は子です
- 花茗荷親になったら解ること
- 分母には海を分子には君をおく
主な掲載作品『ひと文字綴り』
- 卵溶く朝の光を混ぜながら
- ここがよか島に残した母ひとり
- 慈愛なる弥勒菩薩の肩の線
- 三月の水の匂いにふと気付く
- 闘いを終えて軛に戻る牛
- 母はなぜ嘘を許してくれたのか
- 自画像の右半分が掴めない
- ささくれた指は寒さの底を知る
- 品格を残せと鯛の骨が言う
- 怒った泣いた笑った今日の皿洗う
- 両の掌で持たねば遠くなる手紙
- 裏切りの真ん中にいてメロス読む
- 葦芽のただ真っ直ぐに天を衝く
- 満月を抱いて無垢ではいられない
- ありがとう早く言わねば陽が落ちる
- 戦争を知らぬ私のさとうきび
- 子らの手に銃が染まっていく世界
- 珊瑚礁海の痛みのあるところ
- 反戦歌青いあの日の蝸牛
- 母だから歌い続ける反戦歌
- リラの白母はその後を語れない
- 紅椿落ちても主役譲らない
- 母の恋封印したか忘れたか
- オトナ度を試されている老いの恋
- 綿シャツの白に拘るフェミニスト
- タッチした魔女に林檎を持たされる
- 何もないひと日空っぽの屑籠
- 疑わず今日も卵のある暮らし
- 眠れない書きたいことがあるのです
- 月だったか太陽だったのかおんな