正 賞 『音のない時間』仁多見千絵著
準 賞 『平方根』平井義雄著
第13回川柳文学賞は令和元年に発行された句集のうち、申請のあった15冊を選考委員(雫石隆子・佐藤美文・新家完司・梅崎流青)の4名が選考しました。これまで選考委員の定数は5名でしたが、作家の林えり子氏のご逝去により、急遽4名の選考となりました。
例年、5月の東京開催の理事会後に選考会を開催し、協議しておりましたが、今年は新型コロナ禍の緊急事態で開催できず、日川協の事務局が選考結果を集計。5月25日、あらためて各委員へ電話確認を行い受賞決定の運びとなりました。
今年の川柳文学賞のチャレンジは15冊。一年間の川柳句集の発行数は、それほど差異があるとも思えないがコロナ禍のためなのか少ない申請数である。また、ハプニングは第一回から選考委員に加わっていただいた、林えり子氏の急逝もあり、4名の戦場になった。毎年、授賞式より前に一堂に会して選考会を開催していたのも出来ず、どうなることかと多少の不安もあったものの、各委員の採点数が明白な結果を示しており、一位推薦2名、二位推薦2名の「音のない時間」仁多見千絵著が、正賞にすんなりと決定。東日本大震災を経験し、未曾有の体験が書かせる作品の説得力。他の句集に比して作品や構成に安定感があり、現代川柳の平均を上回るものとして、選考委員全員の高位推薦である。
準賞は「平方根」平井義雄著。一位推薦1名、二位推薦1名、三位推薦2名である。仁多見氏同様に選考委員全員の推薦である。颯暦20年の作者の人間味を堪能できる句集であり、愛おしい日常を忌憚なく吐き出すところに、多くの共感を得る句集である。
この他に星出冬馬氏、三浦ひとは氏、お鶴氏にも推薦があったことを申し添える。
総評 選考委員長:雫石隆子
正賞「音のない時間」仁多見千絵(宮城)
評(一位推薦) 梅崎 流青
「喉に棘刺さったままの慰霊祭」「まだ一人家に帰らぬ人がいる」「国会へお届けします瓦礫です」歳月は何とも残酷な一面を持っている。9年前の東日本大震災。被災者にとっては今なお現在進行形の出来事であるが、多くの人にとっては9年前のことである。この句集の読み手はあらためて今なお続く被災者の呻吟と、その場しのぎの政のありよう突きつけられる作品群に居住まいを正すことだろう。
表題にもなっている「哲学のひととき音のない時間」は災害が生き方や思想にまで及んだことを告白。「恋文の行間に置くさくら貝」「薬飲むコップに溶かす青い空」などに女性ならではの繊細さを表現。震災の痛みはなお癒えぬが、「負けぬものかと一面に花の種」にあるように自然の力に畏敬の念と励ましを頂く。川柳が社会と人間を詠う、との前提に立てば『音のない時間』は作品内容と質の両面で今の時代、推奨、残すべき句集である。
評(二位推薦) 新家 完司
本書の柱になっている第三章「東日本大震災 – もろさやさしさたくましさ」の内容が情緒に流れ過ぎず、前向きの姿勢を貫いていて高く評価できた。「喉に棘刺さったままの慰霊祭」「負けぬものかと一面に花の種」「鬼灯を鳴らしひとりの墓参り」等々、悲しみを詠っていながら力強く追ってくる。また、震災から離れた句でも独自性のある作品群が見事であった。
準賞「平方根」平井義雄(長崎)
評(一位推薦) 佐藤 美文
句集名が『平方根』と難しい感じを受けたが、工業系のがっこうをでられたからであろうか、読んでみるとそこには平凡な川柳家がいた。前半の作品のやや硬い印象の感じを受けたが、だんだん素直に心に染み込んでいく作品が多くなって来た。これも鍛錬のなせた技であろうか。一句挙げるとしれば「軍配は妻の手にあり恙無し」である。
評(二位推薦) 雫石 隆子
自らの思想、信条を坦々と描く人生詩である。ときには「引き返せない道ばかり行く愉快」の諧謔的で川柳味たっぷりなのも良しである。厳しさより優しさの光る作品群に癒しをいただき、作者の人間性に感銘する。じっくりと、十七音字でブラッシュアップする、そのような人生が見える。
長きにわたり、ご指導を賜りました林えり子氏のご冥福をお祈りいたします。
主な掲載作品『音のない時間』
- バス停にあの娘がいない曇り空
- すみれ菜の花春の和音のように咲く
- 除染土の山を忘れていませんか
- 人間の歩み絶滅への歩み
- うふふ私の中のブラックホール
- 強がりのさよなら影が細くなる
- 外は雪母はどうしているだろう
- 空っぽの財布を開けて笑ってる
- 恋文の行間におくさくら貝
- かくれんぼ鬼が帰ったとも知らず
- 目も耳もひとつ足りない今日の顔
- 美しく汚れて女らしくなる
- 告白をするとブレーカーが落ちる
- イメージトレーニング葱みじん切り
- あといくつ私の中の青きもの
- 親離れグッバイの声透き通る
- 帰還困難区域 桜満開
- 哲学のひととき音のない時間
- 薬飲むコップに溶かす青い空
- 何がどうあれ今日は笑おう
- わたしを縛るわたくしの正義感
- そこそこの幸せ枕ふたつ置く
- 4Bを削る私が現れる
- 大好きな東京タワーのような人
- お返事は桜咲く頃いたします
- 自分史の雨の匂いのするページ
- 晩酌のつまみに離婚話など
- 幸か不幸か 金魚鉢の金魚
- こぼれ種そんな生き方だっていい
- トライ・アンド・エラー人生は続く
主な掲載作品『平方根』
- 微力だが無力でないという誇り
- 義理一つ果たして美味い酒になる
- 玉砕という語が父を呼び戻す
- 向かい風追い風ともに恩がある
- 一億のそれぞれに一億の母
- 正眼に構えるくせが直らない
- 物騒な世を生き抜いている奇跡
- 千羽目の次一羽目の鶴を折る
- 約束を守る夜明けの原稿紙
- そこら中濡らし男の皿洗い
- 子がくれた補聴器で聞くいい話
- 元気かと問われて元気だと気付き
- 悪友の良さが妻には判らない
- 一粒の種に魔法が詰めてある
- 少年の机はきっと小宇宙
- 薄氷をいっぱい踏んできたらしい
- どうしたら無になれるのか花の下
- 未完成そんな自分が面白い
- どう生きたどう生きるかと独り酒
- 仏にも鬼にも恩を返さねば
- 怒ったら負けだと思いつつ怒る
- 今日もまた無事でありたい髭を剃る
- 褒めてから叱る言葉が効いてくる
- 子の奢りこんなに美味い酒はない
- 快感の極限にあるスルーパス
- 惜敗の方程式がまだ解けぬ
- とんとんでよし受けた恩返す恩
- 聞き分けのよかった子等に恩がある
- ロボットが二足で立ってヒト科追う
- 暇だから平方根を解いている