正 賞 『川柳作家ベストコレクション 德永政二』德永政二著
準 賞 『あぶく』黒川孤遊著
『川柳作家ベストコレクション 赤松ますみ』赤松ますみ著
2019年6月15日、静岡県・ホテルクラウンパレス浜松にて授賞式が行なわれ、雫石隆子選考委員長をはじめ、多数の川柳家にお集まりいただき、賞状、盾と副賞10万円が、受賞された德永政二氏に手渡されました。また、準賞を受賞された黒川孤遊氏、赤松ますみ氏には賞状、盾、副賞3万円が手渡されました。
第12回川柳文学賞は平成30年に発刊された句集のうち、申請のあった46冊を選考委員(雫石隆子・佐藤美文・新家完司・梅崎流青・林えり子(作家))5名(敬称略)が選考しました。
総評 選考委員長:雫石隆子
正賞「川柳作家ベストコレクション 德永政二」德永政二(大阪)
評(一位推薦) 佐藤 美文
この作者は、柳歴33年のベテランである。それら相応しい作品群に共感するものが多かった。川柳は下五に意外性を持ってくると面白い句になると言われるが、そんな作品も多かったように思う。「菜の花のきいろきいろに誰かいる」この句もそんな作品である。迷わず一位に推した。
評(一位推薦) 新家 完司
分かりやすい句と、分かりにくい句の比率が絶妙で刺激的である。分かりやすい句としては「食べながら話す死ぬとか生きるとか」など。分かりにくい句としては「ここまでは水でここから私です」などであるが、立ち止まって考えさせるだけの独自性と魅力があり、難解すぎることはない。
減点として、一句独立して味わっているときには気にならない「リフレイン効果」も、句集として纏めたとき多用し過ぎの感を持った。
評(二位推薦) 雫石 隆子
日常を詩的に詠いあげ、一句の景色がくっきり見えてくる。淡々とした気負いのない文体にも好感が持てる。確立された德永政二ワールド、どの作品を切り取っても唯一無二の作品であり、作者自身が見える。
準賞「あぶく」黒川孤遊(熊本)
評(一位推薦) 雫石 隆子
応募された句集の三分の二が(35冊)商業誌の200号記念企画で出版されたものだったが、内容はともかくとして同じ装丁の没個性のものである。形をかえた合同句集である。そのような句集を文学賞の対象にするか、考えてしまう。
句集「あぶく」は、刊行の趣旨として ― サラ川、シルバー川柳といった、自虐的な遊びの川柳と異なる文学としての川柳に存在性を広く示したい と述べている。
「あぶく」の文学性を追求する作者の姿勢、男性作家ならではの骨太な作品を評価したい。また、多くが二百~三百冊という発行部数だが八百冊を出しており、受賞作として多数の手に届くものである。
評(三位推薦) 梅崎 流青
勧められて発刊する人が多い中で、自らの意志で出版されたことに拍手を送るサラ川などと一線を画すべきという考えが背骨となっていることも見逃せない。作品中にみえる作者の人間性に共感する。
評(三位推薦) 林 えり子
「言霊を聴く奈良で聴く鐘を聴く」
この一句で推薦を決めた。リフレインが詩性を高めている。いま風の駄洒落と一線を画し、川柳の文学性を取り戻そうとする姿勢を評価する。
準賞「川柳作家ベストコレクション 赤松ますみ」赤松ますみ(大阪)
評(二位推薦) 新家 完司
作品は、平凡を脱して「詩」としての奥深さを持たせている。その手法は「のみこんだ言葉が湾になっている」のように、言葉で表し難い想いを具象に託して伝達性を持たせるようにしている。また、「大好きな町 やまももが熟れている」「生き方の本が売られている露店」のように、情景そのままを詠ったものにも、作者の「想い」が十分にくみ取れる。
評(一位推薦) 梅崎 流青
川柳を知ってからの歳月は濃密だった ― という後書きは、読み手の琴線に触れる。川柳が未知なる自分を誘い見いだしてくれる、という川柳賛歌。川柳は苦しさがあるから楽しいという逆説。川柳は自身を磨いてくれるヤスリ、という作者に共感を覚える。作品に社会性、言葉に不思議な力が宿る言霊を信じ、恐れる想いが作品にある。
※ 選評は誌面の都合により、要約を掲載致しております。
選外佳作
桒原 道夫 北山 まみどり 岡崎 守
徳山 みつこ(川柳作家ベストコレクション)
「うすももいろの花陰」 橋本 涼子
「柘榴」 荻野 浩子 応募総数46冊
主な掲載作品『川柳作家ベストコレクション 德永政二』
- 青い山ときどき通る青いバス
- 花引くと小さな虫がついてくる
- しばらくはじっとしている山の鳩
- 何も書いていないところは水ですね
- 泣いているときも魚は水の中
- 雨の中走るだんだん雨になる
- もうどこへも行ったりしない柿の色
- 全身を使って象の起き上がる
- 波の音貧しい村の写真集
- 人の名が光るその日のその雨に
- 一本の木から汽笛を聴いている
- 君の全部僕の全部と橋の上
- ストローの折れるところを握りしめ
- 夕暮れを歩く夕暮れついてくる
- 鏡から出した私を拭きながら
- 石けんを握るさみしくなんかない
- 夕焼けをひっぱっている鳥の数
- こころとはどんなものかと石段を
- 犬小屋の中に入ってゆく鎖
- 弟がしじみになってあらわれる
- そしていま畳の上に置く両手
- 手を振っているからきっと駅だろう
- 水は水 私は私 顔洗う
- 人間を揺らす樹があり揺らしてもらう
- 遠くだからと山はかすんでくれている
- この線はどこにつながる線だろう
- よかったねよかった帽子ぬぎながら
- ここまでは水でここから私です
- あの雲は呼んだらくると思います
- 私の風家族の名前書いている
主な掲載作品『あぶく』
- あぶくから生まれたようだ海が好き
- うつむいている平和もうお疲れか
- 鳥になる何度試したことだろう
- 推敲を重ねて残す生きる文字
- 三角形長い二辺をつい歩く
- 粉々に割れても光る記憶片
- 千分の一秒だった深い悔い
- 辛抱を詰め込んでいる腹の底
- 美学とはなんぞや酔いが深くなる
- 心だけ取り替えましょう結果でる
- 何回も転んで知った砂の味
- てっぺんで飛んで転げた放浪記
- 理詰めにも情にも弱い赤とんぼ
- 走って止まるまた走り出す下天
- トンネルを抜けた辺りで捨てる過去
- 鶴折るか兜を折るかまだ白紙
- 泣け笑え喜怒哀楽と踊らんか
- 春画捨てきれずに後期高齢者
- ピエロにも鬼にもなれる貌を持つ
- 抱きあって骨の匂いをかいでいる
- 責任を取らずに消える写真から
- 朱を入れる赤鉛筆に疑われ
- 閻魔から招待状が秋の宴
- 踏ん切りがつかぬ男の冷えた酒
- ポケットが浅くて五感こぼれ落ち
- ビフォーアフター暗転という素性
- 産声をあげたときから泣き続け
- 満月がにっと笑って嘘をつく
- 言霊を聴く奈良で聴く鐘を聴く
- 日焼けした男の挽歌火の粉舞う
主な掲載作品『川柳作家ベストコレクション 赤松ますみ』
- 一輪の花予言者のように咲く
- むらさきになったり透けてしまったり
- うっすらと非のあるところから時雨
- おおぐま座こぐま座ふゆのやわらかさ
- しずめては浮かべて祈ることばかり
- 仮縫いのかたちのままで秋がゆく
- のみこんだ言葉が湾になっている
- 順番にそよ風になる水飲み場
- 九条を守るナマムギナマタマゴ
- 八月になったらおりてくる鎖
- もう日暮れ海を眺めていただけで
- 蕗の葉の裏の反戦メッセージ
- 逃げ水の向こうにいつも山がある
- ろうそくを吹き消すときに舞う梵字
- 歩いても歩いてもまだ万華鏡
- 掬われて天女になってゆく金魚
- 白いピアノになろうなろうと白鳥は
- 痛いから生きてゆけるのだと思う
- するするとロープほどけてゆく五月
- さっきまで花を束ねていたリボン
- 大好きな町やまももが熟れている
- サボテンのひとりあそびは罪だろう
- 神さまの姿で滝はおりてくる
- コバルトの海に三線突き刺さる
- まっすぐな道を曲がってゆきました
- 生き方の本が売られている露店
- ひまわりで埋め尽くされてしまう海
- 地の果ての果てを見ている肖像画
- 戻れない過去が飾ってある出窓
- 花びらを枕に夢が終わらない