第16回川柳文学賞受賞作品

正 賞 『チドメグサ』赤石ゆう著
準 賞 『よけいにさみしくなる』たむらあきこ著

第16回川柳文学賞は令和4年に発行された句集のうち、申請のあった18冊を選考委員(雫石隆子・佐藤美文・新家完司・梅崎流青・荒川佳洋)の5名が選考しました。
5月12日、東京の上野精養軒において最終選考会を開催し、選考委員5名が一堂に会し、意見交換ののち決定いたしました。
残念ながら、今年も前回と同様に、新型コロナ感染拡大防止に考慮し、授賞式は行わなかった。

正賞を受賞された赤石ゆうさん
準賞を受賞されたたむらあきこさん

総評 選考委員:梅崎流青 

正賞「チドメグサ」赤石ゆう

評(一位推薦) 梅崎 流青
 生きていく、ということがどんな意味合いを持つのか、大変なものか、そして一人の力がどれだけか細いものであるかをこの句集は声高ではなく遣い慣れた言葉で訴える。よくよく耳を澄まさねば聞き取れぬ言葉たちでもある。
 「ふるさとはためらい傷のあるあたり」岐路に立ちどの道を思案したふるさと。「ふりかざすものがないのでピースサイン」おどけてみせたピースサインの泣き笑い。「処方箋でしたら雨の一日を」傷を癒やすならしっとり降る雨のその日を。「氷ですこころのように見えますが」そして自分の心を氷の冷たさに置き換える。当然返り討ちも覚悟の上。そのための「チドメグサ」でもあるのだ。生への息苦しさを感じ上手な生き方ができぬと作者は言う。それらは大方の人間にも覚えがある。川柳の生き方の処方箋、雨の一日でもあるのだ。

 評(一位推薦) 新家 完司
 折々の自省の句が気負うことなく独特の静かさで語られている。「日常が重なるすこしずつずれて」「菜の花よ人に生まれて息苦し」「不意に風裏のザラザラめくられる」「わたくしを着ているサイズ合わぬまま」「ホコリより静かに佇んでいます」等々。それぞれの「想い」は異端なものではなく、誰もが何気なく感じていることではあるが、言葉として端的に表現するのは極めて難しい。作者自身も難産の末に生み出した作品群であろうが、読者にその呻吟の背景を感じさせないのも創作力である。
 また、「ケモノにもなれずたぬきのアイライン」「死の話ビーフジャーキー噛みながら」「コーヒーも祈りもインスタントです」など、少し自嘲的に思える内容も過度に陥らず、控え目なユーモアを含んでいてほっこりさせられる。

準賞 「よけいにさみしくなる」たむらあきこ

 評(一位推薦) 荒川 佳洋
 候補句集の中で、この句集ほど作者の方法意識が感じられるものはなかった。(わたしの断層10句)(わたしを眠らせる5句)(砂の絵になった12句)等々、発表時に仮に題をつけた、というものではなく、建築家が構造物の設計をするように一句一句が配列されている(しようと意思している)ことだった。際立っているのは、「わたしの断層10句」だろう。この連作の表題のもとに「訃のあとを漂うわたくしのさくら」「長くなる影に問われる方向性」「わたしの断層にはなびら入り込む」など、一句一句が自立しながら表題の下に統べられる姿は傑出している。
 けれど、前回候補の『たむらあきこ吟行千句』もそうだが、この試みは出来不出来が多い。選考会で、「感性の爆発というより、感情過多」という厳しい指摘があったが、なるほどそうである。(いささかは遺る7句)などは、凡作。「きみはもう静けさに居る石の下」「あのひとが渡りあの世が活気づく」など、この作家は死者を追慕するときどうしようもなく通俗的、凡慮になる。「一人称が41箇所もある」という指摘もあった。たしかに、多すぎる。しかし、「わたし」に固執して「独り」をうたう作者の姿は、私小説好きな私には好感がもてた。なにより「わたし(わたくし)」には清潔な透明感すら感じられる。家庭のささやかな家計も、世界の動乱と結びついているという認識こそ川柳独自のもののはずだが、この作家はそこに川柳の存在意義をみとめないらしい。川柳作法の約束事に敢えて逆らい、新しさを追及するのも川柳だ。赤石ゆうさんの『チドメグサ』と共に、現代短詩型文学のひとつの達成であると思う。

主な掲載作品『チドメグサ』

  • 生産性ないが生きてていいですか
  • よりそってくれる壁にも擦過痕
  • あざやかな残像 閉じてゆくまぶた
  • 海老のない天丼 顔のないわたし
  • ふいに風裏のザラザラめくられる
  • 透明人間になりたかった 壁
  • まぼろしはまぼろしとして夏蜜柑
  • 妄想を握って行けるところまで
  • ふるさとはためらい傷のあるあたり
  • たましいのような遺失物のような
  • ケモノにもなれずたぬきのアイライン
  • すき間からこぼれるように飛ぶように
  • 選別をされるジュースになる方へ
  • 泣いている何を信じた人だろう
  • 消えてゆく花の匂いのする方へ
  • ふりかざすものがないのでピースサイン
  • ふたりして笑う泣きながら笑う
  • 菜の花よ人に生まれて息苦し
  • 大切なものを切ってゆくハサミ
  • 半額のまんまひと夏吊るされる
  • 氷ですこころのように見えますが
  • さかさまに見るとなんとかなるこの世
  • 正気ではないが狂ってもいない
  • 雨を編む何か信じていなければ
  • ぶうらぶら何処ともつながらぬ手足
  • 筋肉がないので話弾まない
  • 神経にまっすぐ落ちてゆくつらら
  • 処方箋でしたら雨の一日を
  • 肉体をするりと脱いでゆく朧
  • いつだって握りしめてるチドメグサ
令和4年11月7日発行
四六判ソフトカバー・168頁
青森文芸出版

主な掲載作品『よけいにさみしくなる』

  • 滝音をひろげるたましいのなかへ
  • あのひとの影を濯いでいるのです
  • 訃のあとを漂うわたくしのさくら
  • それからのひとりは巡礼のかたち
  • 言葉ひとつ捕らえてきみを裏返す
  • 風にながされ糸口が攫めない
  • 調温のできぬあの日は迂回する
  • 傷あともわたしもすこしずつ錆びる
  • 長くなる影に問われる方向性
  • わたしの断層にはなびら入り込む
  • 新しい現実きみがいなくなる
  • 訃のあとのひとり 独りの音といる
  • きみはもう静けさに居る 石の下
  • あのひとが渡りあの世が活気づく
  • 残像をあつめてきみが分かりだす
  • ふいに噴くものあるらしいひとりごと
  • あのときの無念が繋ぎとめている
  • 残り時間ないのにきみと行きちがう
  • ふたつ目の答は沈黙でかえす
  • 面取りをしておく怒りだとしても
  • もう別れらしいことばが噛み合わぬ
  • 突かれてしまうとわたくしも尖る
  • 知らんぷりしとく 行間なのだから
  • つかのまを雨聴く逢うてきた独り
  • 約束の軽いまたねが残る耳
  • 去りぎわのきみのまたねをまだ恃む
  • ひとことが刺さって闇を醒めさせる
  • 行き場ないこだわりをまだ飼っている
  • 立ち止まりながら覚悟になってゆく
  • さみしいと書いてよけいにさみしくなる
令和4年12月24日発行
B6判ソフトカバー・96頁
新葉館出版